カイムとマナの旅が始まって数週間が経った。
あてのない、放浪の旅で、カイムはマナに崩壊した町や人々を見せてまわった。
見せて回るといってもそんな甘いものではなく、崩壊した町だろうが谷だろうが幼い身には過酷な場所にも
構わずカイムはマナを連れまわし、傷ついた人々、命を落とした者達をまざまざと見せつけた。
マナが目を逸らそうとすれば無理矢理目を開かせる。そしてマナを見おろす目はこう言うのだ。
「これはお前がやったのだ。これは全てお前のせいなのだ」と。

カイムとの旅はマナにとってまさしく想像を絶する悪夢だった。
最初こそうるさく抵抗していたマナだが、カイムという人間を知るうちに大人しくなっていった。
今では抵抗などとんでもない、毎日がカイムに怯える日々だ。

カイムは初めの頃、マナがどんなに叫んでも無視しつづけ、痛いほど腕を掴んだまま歩き続けた。
あまりにぐいぐいと無理矢理ひっぱるせいでマナが足を絡ませ、こけかけてもおかまいなしだった。
カイムはマナを引きずるようにして歩き続けるのだ。マナの膝が擦り切れて血が滲んでいても
まるでそんなこと当然かのように手当てもしてくれなかった。
カイムはマナから片時も離れず、ただ無言で睨み続け、逃がさなかった。

マナは何度も逃げようとした。しかしその度にあの恐ろしい目をして追いかけてきて、
恐ろしい力でマナの手と言わず首といわず、引っつかんで連れ戻す。
首を掴まれるとき、首を絞められるようで咳き込むほど苦しかった。
宿に入った時などはマナが逃げないよう、暗い、狭い小部屋や洋服入れに閉じ込められることもあった。
「出して出して」と叫ぶとカイムは外側からうるさそうに洋服入れの扉を蹴った。

マナがどれほど泣いても怖がっても、カイムにとってはなんでもないのだ。
カイムには何一つ通用しない。マナはカイムの恐ろしさを身にしみて痛感した。
今まで会って来たどんな大人の誰よりも怖い。純粋に自分を憎み、自分を苦しめる。

――ひどい。ひどい。たすけて。たすけておかあさん。おかあさんおかあさんおかあさん

暗くて狭い部屋にたった一人で閉じ込められたことは、母親にされたことが何度もある。
ぶたれて、蹴られて、言葉で傷つけられて。暗い森に置いてけぼりにされた。
母にされたことはカイムより酷かった。
しかしマナにとってはカイムのほうが数倍恐ろしく、カイムほど恐ろしいものは世界に無いと思う。

――おかあさん・・・・

マナは何度も母に助けを求めた。むろん助けなどあるはずも無く、本当は自分でもそれが分かっていた。
けれど。マナはどうしても「おかあさん」がほしいのだ。この世でたった一人の、お母さんが。

お母さんは今どこにいるのだろう?
なにをしているのだろう?
自分を探してくれてはいないだろうか?

・・・自分のことなど忘れて今もセエレを可愛がっているのだろうか。

そう考えて、マナはふるふると首を振った。そんなことは嫌だった。
マナの目に涙が溜まる。

――セエレなんて死んでしまえばいい。

ずっとそう思っていた。マナの母は彼女の兄セエレだけを可愛がり、愛し、マナには一切愛情を向けなかった。
セエレがいるから。すべてセエレのせいだと思っていた。

――セエレの馬鹿。私のおかあさんまで奪って・・・セエレなんてセエレなんて・・・

それとも。・・・もう死んでいるのだろうか。あの戦争で。
自分のしたことを思いだしてみた。といってもマナは具体的に自分がなにをしたかはよく分からない。
ただ"あの人"に言われるままにみんなに命令し、村を焼いて・・・とにかくそこら中を焼いてきた。
世界はもう灰と死体だらけだ。それが意味することを、マナはおぼろげながら感じ取っていた。
しかし必死で気づかないふりをして、目を逸らしていた。
自分の罪にも、自分のせいで母親がすでに死んでいるのかもしれないということにも。

マナの目から涙がぽたぽたと落ちた。今は森で野宿している最中だ。
カイムはすぐ傍の木にもたれて目を閉じている。
剣を抱いたまま。

――眠っていない。

マナは人を観察することにかけてかなり長けている。
いつも母親の、人の顔色を窺ってきたからだ。マナにはカイムが"目を閉じているだけ"であることが分かった。
ここでマナが逃げようものならカイムは途端に目を開き、マナが逃げないように木につるすかもしれない。
ありえない話だがカイムならやりかねなかった。

――逃げられない・・・

この男は自分を許さない。逃がさない。憎んでいる。

ずっとこの男といなければならないのだろうか。ずっとずっとこんな思いをしなければならないのか。
そんなことなら死にたいと思った。でも、カイムは死なせてさえくれないのだ。
どうしようもない。

カイムが今度は自分になにをするのかと考えるだけで身がすくみあがった。
心臓がばくばくと高鳴り、体中から汗が吹き出す。
カイムはマナがなにもしなくてもマナを苦しませる。

明日はどんな扱いを受けるか・・・
もしカイムの機嫌を損ねたりしたら・・・・

いつもそんなことばかり考えていた。
それはマナが母に対していつも考えていたことだったが、マナはそれに気づいていなかった。
そこに込められた想いが違いすぎたのだ。

マナは一人静かに涙を流した。声さえあげなかった。
あげればカイムの目が開き、睨まれるだろう。あの憎しみを込めた目で。
マナはカイムの目がなにより怖かった。
そのなかにある憎しみが。


[end]