カイムはマナの疲れきった寝顔を見つめる。本当に今にも泣きだしそうな顔だ。
なんて孤独で哀しげな顔だろう。

本来なら両親に、いろいろな人々に愛され、笑顔で無邪気に遊んでいる少女だ。
母親がこの子に愛を向けてやってさえいれば悲劇など起こらなかったのかもしれない。
今だって幸せそうに母親に甘え、その腕のなかで眠っていたのかもしれない。
せめて、誰かが愛してやっていれば。

――母親は、なぜマナを愛してやれなかったんだ?

カイムは自分で気づかないうちにマナの母親に対し怒りに似た感情を抱いた。
我が子を愛するのは母親の務めだ。・・・"務め"でさえない、当然のことだろう。

苦しげに眠るマナの顔を見ながら愛され、幸せそうに笑い、眠るマナを想像した。
・・・しようとしたが、失敗した。カイムにはマナの"笑顔"が想像できなかった。

――・・・。

この時初めてカイムの心にはっきりと、マナへの哀れみが生じた。
マナがカイムにしたことを考えればそんなものが生じることなどありえなかった。
しかし、この時カイムが感じたのは怒りではなく、紛れもない哀れみだった。

ふと、フリアエを思いだした。幼い、まだカイムが傭兵ではなく、一国の王子として両親と幸せに暮らしていた頃だ。
今となっては気が遠くなるほど昔のことに思える。

歳の離れた妹は、本当に可愛く、守りたい存在だった。
自分を見つけて走り寄ってくるフリアエの顔は無邪気で、幸せそうだった。なんの不安も知らなかった。
昔を思いだし、カイムは目を細めた。のちのフリアエの表情のない顔を思いだし胸が痛んだ。

マナが寝返りをうつ。苦しげな顔をしたまま。その姿がなぜか幼いフリアエとかぶった。
カイムは無性にいたたまれない心持ちになってマナから目を逸らした。

急に不安になる。
次にこの少女が目を覚ました時、どうしたらいいか分からなくなった。
膝に乗せた剣に視線を落とし、カイムは一瞬真剣に考えてしまった。
それから自分の考えの意味にはたと気づき、体を強張らせた。

―――馬鹿な。

馬鹿馬鹿しい。考えを振り払うように頭を降り、剣の柄をぎゅっと握る。
どうかしている。マナは一生罪を背負っていかなくてはならないのだ。
死んでいった者達のことを考えれば、今マナを一番断罪できるのは自分しかいない。
自分はマナを憎んでいなくてはならないのだ。
自分の気持ちを鎮めるために選んだ道ではあるが、自分には憎んでいく『役目』がある。

そう考えて、先ほどまでの思いをかき消そうとする。 しかしそれが自分がマナを憎むための、
また以前のように憎めなくなっている事実に対する抵抗のように思えて、
カイムはたじろぐ。

どんよりとした嫌な気持ちになった時、急に疲労と眠気を感じ、カイムはもう眠ろうと思った。
眠って、目を覚ませばまた静かな一日が始まるはずだ。

感情の通うことのない、温もりのない冷たい時間。
それはずっと変わらないはずだ。

いくら時が経とうとも、マナは俺から多くを奪ったのだ。


[end]