ある時を境に、カイムの中でなにかが決定的に変わり始めた。
カイムはもうマナを憎めなかった。いや、それより以前にもう、憎んでいなかったのかもしれない。
カイムは憎むことに疲れてしまっていたのだ。

マナのせいで失くした物があるのは覚えている。これは忘れられることではない。
だが、カイムはマナを憎めなくなってしまったのだ。
自らが戦に身を投じる元凶であったマナを憎めなくなってしまったという事実。
一生消えないと信じていたマナへの怒りと憎しみ。
それを失ってしまった。
カイムは何度も心の中で葛藤をしながら、死んでいった者達を思い出した。
憎み続けるために。しかし、マナへの憎しみは湧き上がらなかった。

そして、ついにカイムはそれを受け入れたのだった。
自分のために、そしてマナのために、殺戮の剣を置く決心をした。
その剣を誰かを護る剣にするために。


それなのに・・・・

ああ、何故だ。マナは行ってしまった。
もしかすると死んでしまったかもしれない。
カイムは目を押さえながら震えていた。

マナ。あの少女。
まだ自分から逃亡するのを諦めていなかったのか。
ずっと、自分から逃げる機会を伺っていたのか?分からない・・・
やはり、これこそが2人の本来の関係のあるべき姿だったのか。

カイムはもう、今自分が怒っているのか悲しんでいるのか分からなかった。
また一人になってしまった。
もう誰もいない。
両親もフリアエも、イウヴァルトもいない。仲間もいない。
マナもいない。
みな自分から去っていく。

また、マナを憎むことになるのだろうか。今のカイムには分からなかった。
カイムを、身を切るような孤独が襲い始めた。

孤独。―――孤独だ。

カイムが一番恐れているものが、カイムの心を満たしていく。
カイムの髪から頬に、雨のしずくが伝う。
カイムはしばらく、目を押さえたままじっとしていた。なにも考えられなかった。


そしてカイムは突然覚醒した。

―――アンヘル!!

そう、アンヘルだ。
こんな場所でじっとしている場合ではない。
カイムの心臓が再び激しく打ち始めた。マナが逃げる前、彼女の声が聞こえたのだった。
それはいつもの彼女ではなかった。彼女は酷く苦しんでいた。
カイムにとって一番大切な存在が苦しんでいた。
なにが起こったのかはよく分からなかった。
だが、よくないことが起こったのが分かった。酷く嫌な予感がした。
だからカイムは動揺したのだった。

そうだ、自分にはアンヘルがいる。彼女は決していなくならない。
ずっと一緒にいられる存在だ。

カイムは震える手で剣をゆっくりと抜いた。刃が光る。
なにが起こったにせよ、これは必要だろう。
数時間前まで続いていたはずの穏やかな時間。確かにあったはずの時間が、今は信じられない。
マナは逃げ、アンヘルは苦しんでいる。

カイムには分かった。また人間を斬ることになる。
この剣は殺戮の剣に戻る。
だが、全くといっていいほど抵抗がなかった。むしろ、感じたのは逆だ。

ぞくぞくとした、沸き立つような気持ち。

また、あの血に染まった自分に戻るのだろうか。
それもいい。マナはいないのだから。
自分はやはり、こういう運命にあるということだろう。

カイムは抑えていた目から手をゆっくりと放した。血はもう止まっている。
痛み。ふとカイムはその痛みに懐かしさを覚えた。
血のついた手のひらを見つめる。雨がぽたぽたと流れる。
今、自分が感じているのはなんなのだろう。

絶望か?それとも――――
カイムの心を、再び闇が覆おうとしていた。


[end]