それでもカイムは、自分の心が徐々に落ち着き始めているのは感じていた。
それは抗えない時間の力であり、時折"声"をかけてきてくれるアンヘルのおかげでもあるだろう。
苛々することがあってもその気持ちはマナの涙を見ても少しも晴れず、苦しむマナを見てもいい気味だと思えなくなっていて、
むしろマナが泣き出すと逆にどう扱えばいいのか分からなかった。
もう無理に引っ張る気はしなかった。かといって慰めるなどということはできるはずもない。
マナが泣けば気づかないフリをして放っておくしかない。
マナはもう泣くこと自体がほとんどなかったが、それでも泣く時は静かに泣いてくれるのでその分にはありがたかった。
大泣きなどされたらどうしたらいいか分からない。
泣きじゃくる幼い妹をあやした"優しい兄"はもうどこにもいない。
いつの間にか兄であった自分と今の自分を重ねていることにカイムは気づいていなかった。
穏かで優しかった自分はどんな人間で、なにを考え何を想い、なにをどれだけ愛していたのか。
憎しみを知らない清らかな心でなにをどう大切に想っていたのか。
今のカイムには殺戮を生きがいとしていた自分があまりにも鮮明で、以前の自分がもうよく思いだせない。
今でも失った者たちを愛しているのに、今の自分と以前の自分の心は全くの別物だ。
何人もの人間を斬り殺し、すさんだ心、体。酷い現実。それを経た今、昔の自分は過去のものだ。
カイムはいつの間にか決定的に捻じ曲がってしまった自分の内面が急に可笑しくなって口の端をかすかにゆがめる。
諦めの混じった乾いた笑みだった。
夜の静けさが辺りを覆っている。弱々しい炎の弾ける音のほかに聞こえるのは、
時折聞こえるフクロウや虫の鳴き声と、小さな獣が動くようなかすかな草の音、側に流れる小さな小川の水音だけだった。
風はなく、見上げると木々の隙間から雲にかかった欠けた月がよく見える。
カイムは傍らで眠るマナを見た。身を抱くように背を丸めて静かな寝息をたてている。
自分をこんな風にした原因がここにいるというのに、あの激しい憎悪はなく、淡々とした空虚な気持ちしかない。
袖から覗くマナの腕は細く、弱々しい。小さな手を見て、カイムは表情を暗くした。
最近この少女を見ていると憂鬱になって仕方がない。
カイムはマナから視線を外そうとしてマナの腕に、どこでぶつけたのか知らないが黒い痣ができているのに気づいた。
カイムは更に表情を曇らせる。
なぜこんなことになったのか。カイムは急に分からなくなった。
なぜこんな子どもと。
――何故、俺はこんなところにいる・・?
全てが幸せだった日々は夢か幻だったのか。
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